
てっきり蛾を口に押し込まれて沈黙させられる話だと思ったよね
【苦手トリガーチェック】
虫:あり、体内侵入:なし、身体損壊:あり、子ども被害:なし、動物被害:なし
事実関係・疑問点の整理
平行して発生する事件
本作の核となるのは“バッファロー・ビル”による連続殺人事件であり、FBI訓練生のクラリスがその事件解決に挑むというのがメインのプロットである。そこへ投入されるトリックスター、ハンニバル・レクターの存在によって複雑化した作品となっている。
●バッファロー・ビル事件
バッファロー・ビル事件の真相を簡単にまとめると下記の通りである。
◆犯人はジェイム・ガムという白人男性
◆手口としては、白人女性を誘拐➡3日間生かし射殺➡皮膚を剥ぎ、川へ遺体遺棄
◆最初の犠牲者はフレデリカ・ビンメル
◆フレデリカのみ、足に重りをつけられており遺体発見が遅れた(3番目に発見)
◆本作冒頭時点で5名が犠牲になっており、作中6人目の遺体が川から上がる
◆アケロンティア・スティックスという蛾の繭を被害者の喉に詰めていた
◆序盤でガムは、事実上7人目となるキャサリンを誘拐、自宅の井戸に幽閉する
◆キャサリンはテネシー州のマーティン上院議員の娘
◆たまたま訪問したクラリスによってガムは射殺され、キャサリンは救出された
クラリスがガムのいるリップマン夫人の家を訪れたのは、フレデリカの周辺を丁寧に捜査していたからで、偶然の必然といったところだろう。その上で、探りを入れてくるジャック・ゴードン(ジェイム・ガムの偽名)の様子や、珍しい蛾が飛んでいることで即座に犯人だと見抜いたのである。
●ジェイム・ガムという男
作中、ガムについて判明したのは下記の内容となる。
◆レクター博士の元患者、ベンジャミン・ラスペールと同性愛関係にあった
◆その頃から殺人と、皮膚を剥ぐ行為があった
◆ラスペールもガムによって殺害され、喉に蛾を詰められた
◆ガムは自分が性倒錯者であると思い込み、医療センターで手術を希望するも拒否された
◆2年前、ロス空港で毛虫を輸入しようとした履歴が税関に残っている
◆2年前にリップマン夫人から家を買い取ったと語る
◆理想の姿になるため、女性の皮膚を剥いで服を作っている
ガムは、2年前にリップマン夫人宅にて夫人を殺害➡バスタブに遺棄(作中、クラリスが発見する死体)➡自宅を改造し、蛾を飼い始める➡フレデリカとも親しくなる➡やがてフレデリカの肉体(皮膚)を欲するようになり、ついに殺害、といったところだろう。女性の皮膚を使い洋服を作るために殺害していた、というのが動機にあたるが、皮肉にも、その異常性と暴力性は性倒錯者の特徴と合致しないらしい。
なお、ガムに関してレクターが語った点については、真実かどうかの検証が出来ない。しかし、少なくともラスペールの殺害犯はガムと思っていいだろう。さすがに、喉に同じ蛾まで詰めておいて、バッファロー・ビルと無関係というのは成立しないはずだ。
●レクター博士の計画
クロフォードは、バッファロー・ビル事件のプロファイリングをレクターから引き出すべく、調査の名目でクラリスを派遣する。クラリスはレクターの興味を引き、ヒントを引き出し、事件の真相へと近づいた。一方で、レクターは虎視眈々と自由になるタイミングを見計らっていた。どのポイントが彼の計画なのか、恐らく下記のように捉えるのが自然だろう。
①偶然、結果的に『逃亡に使える』状況が生まれた
◆チルトンがボールペンを独房に忘れた
◆マーティン上院議員がメンフィスへの移送を指示した
◆移送後は即席の監房に収監された
◆チルトンがFBIを排除したため、警備は地元警察に任された
②現状で実行可能な逃亡の計画を立てた
◆警備体制(平時は警官2名のみ)を確認
◆警官の所持品、食事の差し入れ方などを観察して把握
◆チルトンからくすねたボールペンを手錠外しに利用
◆警官の1人を派手に殺害して現場の混乱を招く
◆警官の1人には自分の死体役を任せ、自分はその警官の“顔”を被る
◆重症の警官として救急搬送される
◆救急隊員、その後付近の旅行者を殺害
◆海外へ高飛び
細部に渡って綿密に計画した、というものではない。周囲を観察して状況を素早く理解、偶然や環境をうまく利用して、即興の計画に組み込んで、それをやり遂げた結果なのである。
●“事件”の結末
バッファロー・ビルは射殺され、クラリスは正規の捜査官となり、めでたい雰囲気でエンディングを迎える。しかし、クラリスが受けた電話の向こうでは、無事に逃げ遂せたレクターが、チルトン医師を狙うところで終わる。レクターは、チルトンからの扱いに腹を立てており、兼ねてから復讐を心に決めていた。おそらくチルトンはこの後レクターの“夕食”になったのだろう。確かに、チルトンのような自己顕示欲高めの無能タイプは、レクターとは相性が悪そうだ。
連続殺人犯ハンニバル・レクター
●レクターの役割
もともと精神科医だったが、人を殺害して人肉を食べるという残忍な犯行に及び逮捕され、既に8年もボルティモアの監禁病棟にいる。本作においてはクラリスを導く立場にいて、バッファロー・ビル事件に限って言えば“犯人”ではない。
●クロフォードVSレクター
クロフォードは、【レクターはジェイム・ガムと面識があったこと】までは把握していなかった。クラリスを派遣したのは、あくまでもレクターのプロファイリング能力を期待してのことである。
レクターはレクターで、そのことを見抜いた上で、クラリスを値踏みし、話し相手に相応しいと判断したことで口を開いた。おそらくレクターは序盤からバッファロー・ビル=ジェイム・ガムと推察していただろうが、そこは最後まで明かさない。クラリスを試し、彼女自らジェイム・ガムにたどり着くよう仕向けることに意味を見出していたからだ。
●レクターの嘘
少なくともクラリスに対しては、綴り遊び以外【意図的な嘘】はついていない。そしてその嘘は、クラリスが自分の思考領域まで到達できるかのテストだった。なお、作中登場するアナグラムは下記2つだが、『アナグラムですよ』と言われていたならまだしも、なんのヒントもなく見抜いたクラリスはさすがである。
◆Hester Mofet➡the rest of me(私の残り)
◆Louis Friend➡iron sulfide (黄鉄鉱)
前者は意味まで明快なアナグラムなのに対し、後者は上院議員らを嘲る意図もあってか、やや間接的な表現になっている。黄鉄鉱は別名“愚者の金”とも呼ばれるもので、その別称は【黄鉄鉱の見た目が金に似ているせいで採掘者が金と勘違いしたこと】に由来するらしい。ルイス・フレンドなんていう一瞬名前っぽく聞こえるアナグラムだからこそ、より一層上院議員たちを小馬鹿にした感がある。
クラリスの成長
●クラリスの過去
タイトルの『羊たちの沈黙』は、クラリスのトラウマを指している。クラリスがレクターに語った過去は下記の通り。
◆母は他界しており父子家庭だった
◆10歳の時に、警察署長だった父が強盗に撃たれた
◆一カ月程度経過し、父が亡くなって孤児になった
◆母のいとこ夫婦の牧場に引き取られた
◆ある朝、奇妙な音で目が覚めたが、それは納屋で殺される子羊の悲鳴だった
◆そのうち一頭を抱えて逃げ出したが、数キロ先で保安官に捕まった
◆クラリスは施設に送られ、その子羊は殺された
それがトラウマとなり、今も子羊の悲鳴が聞こえて目が覚めることがあるというクラリス。キャサリンを助けることで悲鳴が止む=つまり、トラウマを克服できると思うか、というレクターの問いには、『わからない』と答えており、今回の事件を経て【悲鳴が止んだ】かは明らかにされない。
●現在のクラリス
作中の時代(1980年代末~1990年代初頭)は現実社会でも、FBIで女性捜査官がようやく活躍し始めたくらいの状況だった。その辺りは映画内でもはっきり描写されている。
◆クラリスがFBI施設でエレベーターに乗るが、周りは全員男
◆遺体が上がった現場では、地元の警官たち(全員男)にジロジロ見られる
◆ナチュラルに、話から外され別室待機となる
クラリスは、バージニア大学において心理学と犯罪学を二重専攻して優秀な成績を収め、FBI訓練生として既にクロフォードにも認められていた。それほどの実力者であっても、クラリスが女性というだけで異物のように扱われてしまう状況が見て取れる。
それでも彼女が有能であったことは紛れもない事実だ。今回の事件においても、被害者周辺の徹底的な捜査や、バッファロー・ビルの心理面での理解を深めたことでジェイム・ガムにたどり着いた。レクターの“指導”こそあれど、犯人情報を直接教わったわけではなく、プロファイリングと基本的な捜査によって解決したと言える。
●レクターとの関係
レクターからの捜査のヒントは、無償ではなく、クラリスの個人情報との交換が条件だった。しかし個人情報の提供はクロフォードに序盤から禁止されていた事項だ。また、最後にレクターと対話した場面のラストでは、鉄格子の隙間から資料を受け取った。それも禁止されていた行為である。クラリスが、時にルールを逸脱してでも真実を求めて突き進む面があることが伺える。レクターが『勇敢』と評したのは、彼女のそんな危うさを見抜いてのことなのかも知れない。
資料を受け取る一瞬、クラリスとレクターは互いの手が触れ、レクターがスッとクラリスの指を撫でる。たったこれだけのシーンなのに、とてもゾクゾクするものがあり、多くの視聴者と原作者トマス・ハリスの心を掴んだ。扇情的で、ともすれば官能的で、二人の間に特別な関係が築かれているように見えるからだ。この演出のお陰で、本作は一気に色っぽさを纏うのである。
感想
『一番好きな映画の悪役は?(ただし人間に限る)』と問われたら、食い気味に『レクター博士』と答える人は多いのではないだろうか。天才精神科医で博識、気品のある紳士的な振る舞いで全てを見透かしているかのような語り口。まるで優雅な貴族にも見える佇まいだが、その裏には心拍数も上げず人を殺め、ディナーの一品にしてしまう狂気が潜んでいる。そのアンバランスさが違和感なく共存してしまう、圧倒的カリスマ性。まさに、悪役の絶対王者である。アンソニー・ホプキンスのビジュアルと演技力が影響していることは間違いないが、キャラクター造形がそもそも素晴らしい。
しかし、本作がアカデミー賞を獲得しただけでなく、これほど多くの人を長期に渡って魅了し続けるのは、レクター博士単体の力ではない。クラリスの人物像が共感と応援の気持ちを誘う点もあるし、知的なやり取りに刺激される好奇心や、先の気になるストーリー展開で絶えず面白さが続く部分も大きい。映画としても、主要人物たちは実力派俳優陣で固められ、脚本・美術・音響など全体的に隙のない仕上がりになっているのは、素人目にも明らかだ。本作を初めて見たのはもうだいぶ昔だが、今になっても時折視聴しては、世界観にどっぷり浸りたくなる。
ちなみに、原作小説では展開やキャラクター性に違いがあり、新鮮に感じる部分も多い。映画と区別をして読む方が面白いだろう。
基本情報
【公開年】1991年
【監督】ジョナサン・デミ
【キャスト】ジョディ・フォスター、アンソニー・ホプキンス、スコット・グレン、テッド・レヴィン、アンソニー・ヒールド、ブルック・スミス、ダイアン・ベイカー
【登場人物】クラリス・スターリング(FBI訓練生)、ハンニバル・レクター(精神科医/連続殺人犯)、ジャック・クロフォード(FBI主任捜査官)、バッファロー・ビル、フレデリック・チルトン(医師)、キャサリン・マーティン(マーティン議員の娘)、ルース・マーティン(上院議員)
【ポストクレジット】なし





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