【考察】映画『第9地区』|エビ型エイリアンを通じて描かれる現代版の痛烈寓話

【苦手トリガーチェック】
虫:なし、体内侵入:なし、身体損壊:あり、子ども被害:なし、動物被害:なし

本作は、ヴィカスが謎の物質によってエイリアン化していくストーリーを、モキュメンタリー的インタビュー映像と、劇映画とを交えて描いたものである。実際にヴィカスの身に起きたことを整理していく。

●前提
◆20年前、ヨハネスブルクの上空に宇宙船が出現、中に弱ったエイリアンたちがいた
◆エイリアン救援用の臨時キャンプとして『第9地区』が作られた
◆エイリアンによる犯罪や、彼らの武器の存在は周辺住民の安全を脅かした
◆ナイジェリア人地区も存在、治安が悪化していき、住民たちは排斥を要求
◆南ア政府は多国籍企業MNUに『エイリアン移住計画』を委託した

●立ち退きから感染まで
移住計画の責任者となったヴィカスは、立ち退き要請のために第9地区へ。その際、筒に入った謎の液体を顔に浴びてしまった。徐々に症状が現れ、緊急入院となる。病院搬送時点で、左手はエビ化していた。その後MNU本社のラボに運ばれ、生体実験を繰り返される。上層部の判断で、完全変異する前に臓器を取り出そう!となったところで、ヴィカスは逃走する。偉いオッサンたちの会話で瞬く間にヴィカスの『臓器摘出』(と言う名の殺害)が決定される流れに、MNUの本質が詰まっていた。

●クリストファーとの再会からMNU襲撃まで
ヴィカスは逃げ続け、感染から30時間を超えた頃、第9地区へ入った。そこで謎の液体の持ち主だったクリストファーと再会、謎の液体で母船に戻れるし、母船の機械でヴィカスの体も治せると言われる。ヴィカスは液体回収のためMNUラボへ行くことを決意し、ナイジェリア人ギャングたちが集めたエイリアン武器を奪い、クリストファーとともに本社へ向かった。MNUの傭兵部隊に妨害されつつも、ヴィカスたちは筒を取り戻し第9地区へと帰った。

●クリストファーの心変わり
小屋の地下に隠された司令船で出発準備を始めるが、クリストファーが、ヴィカスの治療は後回しにして先に惑星に戻り仲間を呼ぶと言い出した。ラボでMNUによるエイリアン生体実験を見てしまったが故である。話が違うと逆上したヴィカスはクリストファーを殴り、クリストファーの息子(リトルCJ)と共に勝手に司令船を飛ばす。だが即座にミサイル攻撃を食らい墜落する。そしてMNUに再び捕まり、かと思えば、ナイジェリア人たちに拉致された。

●そして宇宙へ
リトルCJのアシストもあり、ヴィカスはエイリアンのパワードスーツを用いて危機を脱した。そして傭兵部隊に殺されそうになっていたクリストファーを救出、息子とともに母星へ帰るよう促し、殿を引き受ける。3年後に戻ると約束して走り去ったクリストファーは、無事司令船で母船へと戻り、宇宙へと飛び立った。その後、傭兵部隊は別のエイリアンたちに殺され、残されたヴィカスは人間社会から姿を消した。ラストで映された完全なるエイリアンは、おそらくヴィカスの“その後”の姿である。

●本編から分かる生態
エビ型エイリアンについては、下記のような特徴が挙げられる。

◆成体のサイズは人間男性と同等かやや大柄
◆独自の言語を持ち、独特の発声で会話をする
◆階級構造があり、作中の集団は労働階級の個体たち
◆繁殖方法は不明だが、卵生
◆幼体は成体のミニチュア的形態

もともと母船を操縦していたと思われる上層階級のエイリアンたちが死亡したため、労働階級で知的レベルの低いエイリアンたちは、地球で為すすべなく難民生活を送ることになった。クリストファーはかなり特別な個体だったと言える。

●バイオメカ武器
エイリアンたちの武器はかなり強力なもので、MNUも武器そのものや技術の獲得を狙って『移住計画』の委託を受けた。しかしその武器は、エビ型エイリアンのDNAを持つ者しか使用できない。変異後のヴィカスが使用可能になったこと、『充電』等のエネルギー補給なく使用し続けられることから、エイリアンの生体エネルギー(生体電気とか、その辺?)を利用していることが推測できる。また、あの謎の液体は、ヴィカスが感染・変異を起こしたことから、遺伝子情報を含んだ生体由来のエネルギー物質だろう。

多くのメタファーで構成されているが、強くメッセージを感じる部分をまとめた。

●『第9地区』の存在
これはかなり直接的にアパルトヘイトへの批判と受け取れるだろう。また、難民問題と重なる部分もある。適当に「隔離」して済まそうとする行政の対応なども批判的に描かれている。

●ナイジェリア人ギャング
貧困地域では非合法勢力が台頭する現実が表れている。なお、作中でのナイジェリア人の描かれ方について、ナイジェリア政府はソニーピクチャーズに対し正式に抗議した。(ソニーピクチャーズは謝罪も編集もせず)

●超巨大、多国籍企業MNU
軍需産業・企業による搾取や、いわゆる『軍産複合体』そのものへの批判も伺える。『猫缶』でエイリアンを釣るのも搾取構造が見て取れる部分だ。

●メディアの扱い
自分たちのシナリオに沿って、事実を切り取って、「現実を作っていく」メディア報道への批判が、モキュメンタリーパートやヴィカスに関する報道シーンから伝わる。

多くの風刺に満ちているが、まったく押しつけがましくないのが本作の魅力でもあるだろう。

さすがにアパルトヘイトを想起せずにはいられない設定なのだが、それでも、見終わったあとには面白いSF作品に出会えた充実感の方が先にあった。昆虫系統のエイリアンはそこまで珍しくないが、虫嫌いにも一切嫌悪感を与えない造形は珍しく感じたし、とてもありがたかった。多分、エイリアンがもっと虫虫していたら挫折していただろう。エビでよかった。

映像的には、近未来感をあえて排除し、現実に寄せた印象を受けた。宇宙船にも異世界感はなく、エイリアンの所持品なども現実世界の延長線に見えた。特に武器は、漂着から20年経過したからかも知れないが、やたら小汚く、技術に見合わない古めかしささえ感じた。ヴィカスの変異の過程も、グロテスクな描写を目指すのではなく、ジワジワとした変化が説得力を高める。総じて、【リアルじゃないのにリアリティを感じさせる】塩梅に、好感が持てた。

立ち退き要請をしていた頃の、つまり、人間だった頃のヴィカスは、いかにも小役人的な人間性だ。コネで昇進し、人望や実力は伴っていないにもかかわらず、エイリアンを蔑み、高圧的な態度で強引な仕事をする。そんな彼が、エイリアン化していくことで逆に人間らしくなっていく。そしてその成長をもたらした一番の要因が、クリストファーたちエイリアンとの関わりという皮肉な構造。きっとかつてのヴィカスであれば、終盤にクリストファーを見捨てて逃げた後、そのまま戻らなかっただろう。結局、「人間らしさ」は、人間に生まれたから自然に持っている性質ではないということなのかも知れない。

ところで、作中で最も心奪われたのは、当然リトルCJである。サイズ感もたまらないが、めちゃくちゃ賢くて、なのにヴィカスに誘われると一緒に遊びたくなっちゃう子どもらしさも持っている。とてもかわいい存在、癒しキャラ。リトルCJだったら、隔離なんぞなくとも全然共生できると思っている。むしろ共生したい、我が家で。

基本情報

【公開年】2010年
【監督】ニール・ブロムカンプ
【キャスト】シャールト・コプリー、デヴィッド・ジェームズ、ジェイソン・コープ
【登場人物】ヴィカス・ファン・デ・メルヴェ(MNU職員)、クーバス(MNU傭兵)、クリストファー・ジョンソン(エイリアン)
ポストクレジットなし

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