【考察】映画『レッドドラゴン』|レクターを追い詰めた男が、今度は追い詰められる側に

【苦手トリガーチェック】
虫:なし、体内侵入:なし、身体損壊:あり、子ども被害:あり、動物被害:なし(言及はあり)

ここからネタバレがあります!未視聴の方はご注意ください!

本作は、“噛みつき魔”事件捜査で行き詰っていたFBIが退官したウィル・グレアム捜査官を招集、グレアムを通じてハンニバル・レクターの力を借り、犯人に迫るというストーリーである。

●グレアムの投入
グレアムは、“人食い魔”と呼ばれたハンニバル・レクターを追い詰め、逮捕した優秀な捜査官だった。本件でもグレアムが加わって以降、停滞していた(らしい)FBIの捜査はどんどん進んでいった。しかしFBIのクロフォードとしては【グレアムをレクターに接触させる】ところまでが狙いだったのである。グレアムは優秀ではあるものの、プロファイリングを初めとした彼の分析力は、レクターと対峙することでより高まることを知っていたからだ。

●フランシス・ダラハイド
作中で細かく家庭事情が語られることはなかったが、かつて自宅兼老人ホームだった建物に住んでおり、なんらかの理由で祖母に育てられたらしい。おねしょをしたらアレをチョン切ると脅されるなど、かなり酷い虐待を受けていたことが示唆される。また、上唇を手術しており、本人的にはコンプレックスにもなっていた。

●殺人事件の動機
ダラハイドのフラッシュバックなどから断片的に背景が語られるだけだが、犯行の動機は単純明快ではなさそうだ。推測できるのは、下記のような思考である。

幼少期に受けた虐待と身体的コンプレックスによって、自己否定感が生まれる

“レッドドラゴン”という強さの象徴的存在と出会い、変身願望を抱く

自分が得られなかった【幸せな家庭(特に美人のかーちゃん)】への嫉妬、破壊衝動を持つ

それらが混ざり合い、『妄想』でパッケージされた結果、彼は【竜の指示に従い、家庭を破壊して支配することで、やがて自らが“偉大なるレッドドラゴン”になれる】と考えるようになったのだろう。作中で“レッドドラゴン”の声は聞こえないが、ダラハイドが『声を聞いている』描写はあり、あくまでも【竜の指示に従って殺害した】と思い込んでいるように見える。

●ダラハイドとリーバ
ダラハイドは、リーバと出会い、人生で初めて『愛される』可能性に触れたのだろう。雨の日にはスマートに送ると誘い、フィルムのお礼にと動物園に連れ出し、まあまあ上手に事が運んでいるように見えた。そして一時は彼女を守る目的でレッドドラゴンに抵抗すべく、絵画をむしゃむしゃと食べるまでした。しかし、『リーバと幸せになりたい』と『偉大なる赤い竜になりたい』との間で揺れ動き、終始心は不安定だった。その不安定さの最たるものが、ラストの展開だろう。妄想の竜の声に怯え、リーバを守りたいと言いつつも、結局は彼女一人を危険に晒し、最後はグレアム襲撃に走ったのである。

●グレアムがレクターに接触する意味
本作だけでは【レクターの必要性】が分からず、それが残念だった。作中の内容だけピックアップすると、レクターの助言はほぼ捜査に貢献していないじゃん、で終わってしまうのだ。そもそも、グレアムが『ただの優秀な捜査官』風に描かれ、別にレクターなしでもどうにかなったんじゃ感がある。グレアムが犯人の思考を辿ることの危うさ、精神的負担などが全く見えなかったことが要因だろう。

●ダラハイドへの指示
なぜレクターは、あのタイミングでダラハイドにグレアムを襲うように指示したのだろうか。作中では、レクターの明確な殺意・復讐心のような物が強調される場面はない。これまでの彼の態度や行動などを振り返ると『成功したらそれはそれでヨシ』くらいの軽いものだと考えられる。あの【暗号での指示】自体がFBIやグレアムへの挑発であり、獄中でできるちょっとした遊びの範疇だったのではないだろうか。

●ダラハイドの最終判断
最終局面で、ダラハイドはなぜリーバの家に行ったのだろうか。作中の描写のみでは、あの時点でダラハイドの中に明確な意図はなかったように見える。リーバを竜から守り切る=変身を諦める決心も、彼女と完全に別れる決心も、その後の行動からは伺えない。そこまで深く考えずに、揺れ動く心のまま、彼女の家に行った可能性が高そうである。ラウンズの一件でも、家族惨殺事件の『慎重さ・綿密さ』とは対照的な衝動性は垣間見えていた。ちなみに、事件の儀式めいた点(なんで満月?なんで家族全員殺す?など)もなかなか謎が多いが、ダラハイドの行動が妄想から来ている以上、そこに客観的な根拠を探しても意味はなさそうである。

『羊たちの沈黙』の映画に大感動し、小説も買って、どっぷりその世界にハマるくらいには好きだったので、本作視聴前はレクター博士がまた見られるワクワクだけだったが、蓋をあけたらウィル・グレアムの方が圧倒的存在感だった。レクターがうまく乗せられているように見える場面もあり、前作とは全く違う印象を受けるのである。特に、“だってアンタは狂ってるし(意訳)”と言い捨てた交渉シーンは、完全にグレアムが場を支配していた。痺れるところだ。

一方で、グレアム&レクターありきの展開になっており、他の要素が駆け足になってしまった感はある。特にダラハイドはもっと掘り下げて欲しかった。動機がほぼ『幼少期の虐待』という説明で片付けられてしまうのは勿体なかったし、より深く描くことで彼の歪さも強調されたと思うからだ。それと、アレではいくらなんでもFBIがグレアム頼み過ぎて、間抜けに見えてしまう。その辺りも丁寧に描きつつ今の尺を維持出来ていたとしたら、何倍も魅力的な作品になっただろう。

後日譚となる、前々作・前作のレビューはこちら☟

基本情報

【公開年】2002年
【監督】ブレット・ラトナー
【キャスト】アンソニー・ホプキンス、エドワード・ノートン、レイフ・ファインズ、ハーヴェイ・カイテル、エミリー・ワトソン、フィリップ・シーモア・ホフマン
【登場人物】ハンニバル・レクター(精神科医/連続殺人犯)、ウィル・グレアム(FBI捜査官)、フランシス・ダラハイド(クロマラックス社勤務)、ジャック・クロフォード(FBI)、リーバ・マクレーン(クロマラックス社勤務)、フレディ・ラウンズ(タトラー紙記者)
ポストクレジットなし

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