【考察】映画『羊たちの沈黙』|映画界のカリスマ悪役、最悪で最高の天才殺人鬼登場

【苦手トリガーチェック】
虫:あり、体内侵入:なし、身体損壊:あり、子ども被害:なし、動物被害:なし

ここからネタバレがあります!未視聴の方はご注意ください!

本作の核となるのは“バッファロー・ビル”による連続殺人事件であり、FBI訓練生のクラリスがその事件解決に挑むというのがメインのプロットである。そこへ投入されるトリックスター、ハンニバル・レクターの存在によって複雑化した作品となっている。

犯人であるジェイム・ガムは、2年前にリップマン夫人宅にて夫人を殺害➡バスタブに遺棄(作中、クラリスが発見する死体)➡自宅を改造し、蛾を飼い始め、「作業場」とするという経緯を辿ったとみられる。女性になるため、女性の皮膚を使い洋服を作る目的で殺害していた、というのが動機にあたる。皮肉にも、その異常性と暴力性は、本人が自認しているところの『性倒錯者』の特徴と合致しないらしい。

なお、ガムに関してレクターが語った点については、真実かどうかの検証が出来ない。しかし、少なくともラスペールの殺害犯はガムと思っていいだろう。さすがに、喉に同じ蛾まで詰めておいて、バッファロー・ビルと無関係というのは成立しないはずだ。

●レクター博士の計画
レクターは虎視眈々と自由になるタイミングを見計らっていた。偶然が重なり(チルトンのボールペン忘れ、メンフィスへの移送、警備体制におけるFBI排除)、それに沿った計画を立てて逃亡したとみられる。監視していた地元警官の死体を使ったトリックなどは、収監後に計画した物と考えられる。

●レクターの役割
もともと精神科医だったが、人を殺害して人肉を食べるという残忍な犯行に及び逮捕され、既に8年もボルティモアの監禁病棟にいる。本作においてはクラリスを導く立場にいて、バッファロー・ビル事件に限って言えば“犯人”ではない。

クロフォードVSレクター
クロフォードは、【レクターはジェイム・ガムと面識があったこと】までは把握していなかった。クラリスを派遣したのは、あくまでもレクターのプロファイリング能力を期待してのことである。

レクターはレクターで、そのことを見抜いた上で、クラリスを値踏みし、話し相手に相応しいと判断したことで口を開いた。おそらくレクターは序盤からバッファロー・ビル=ジェイム・ガムと推察していただろうが、そこは最後まで明かさない。クラリスを試し、彼女自らジェイム・ガムにたどり着くよう仕向けることに意味を見出していたからだ。

●レクターの嘘
少なくともクラリスに対しては、綴り遊び以外【意図的な嘘】はついていない。そしてその嘘は、クラリスが自分の思考領域まで到達できるかのテストだった。なお、作中登場するアナグラムは下記2つだが、『アナグラムですよ』と言われていたならまだしも、なんのヒントもなく見抜いたクラリスはさすがである。

Hester Mofetthe rest of me(私の残り)
◆Louis Friend➡iron sulfide (黄鉄鉱)

前者は意味まで明快なアナグラムなのに対し、後者は上院議員らを嘲る意図もあってか、やや間接的な表現になっている。黄鉄鉱は別名“愚者の金”とも呼ばれるもので、その別称は【黄鉄鉱の見た目が金に似ているせいで採掘者が金と勘違いしたこと】に由来するらしい。ルイス・フレンドなんていう一瞬名前っぽく聞こえるアナグラムだからこそ、より一層上院議員たちを小馬鹿にした感がある。

●クラリスの過去
タイトルの『羊たちの沈黙』は、クラリスのトラウマを指している。キャサリンを助けることで悲鳴が止む=つまり、トラウマを克服できると思うか、というレクターの問いには、『わからない』と答えており、今回の事件を経て【悲鳴が止んだ】かは明らかにされない。

●クラリスの現在
作中の時代(1980年代末~1990年代初頭)は現実社会でも、FBIで女性捜査官がようやく活躍し始めたくらいの状況だった。その辺りは映画内でもはっきり描写されている。

◆クラリスがFBI施設でエレベーターに乗るが、周りは全員男
◆遺体が上がった現場では、地元の警官たち(全員男)にジロジロ見られる
◆ナチュラルに、話から外され別室待機となる

クラリスは、バージニア大学において心理学と犯罪学を二重専攻して優秀な成績を収め、FBI訓練生として既にクロフォードにも認められていた。それほどの実力者であっても、クラリスが女性というだけで異物のように扱われてしまう状況が見て取れる。

●レクターとの関係
レクターからの捜査のヒントは、無償ではなく、クラリスの個人情報との交換が条件だった。しかし個人情報の提供はクロフォードに序盤から禁止されていた事項だ。また、最後にレクターと対話した場面のラストでは、鉄格子の隙間から資料を受け取った。それも禁止されていた行為である。クラリスが、時にルールを逸脱してでも真実を求めて突き進む面があることが伺える。レクターが『勇敢』と評したのは、彼女のそんな危うさを見抜いてのことなのかも知れない。

資料を受け取る一瞬、クラリスとレクターは互いの手が触れ、レクターがスッとクラリスの指を撫でる。たったこれだけのシーンなのに、とてもゾクゾクするものがあり、多くの視聴者と原作者トマス・ハリスの心を掴んだ。扇情的で、ともすれば官能的で、二人の間に特別な関係が築かれているように見えるからだ。この演出のお陰で、本作は一気に色っぽさを纏うのである。

『一番好きな映画の悪役は?(ただし人間に限る)』と問われたら、食い気味に『レクター博士』と答える人は多いのではないだろうか。天才精神科医で博識、気品のある紳士的な振る舞いで全てを見透かしているかのような語り口。まるで優雅な貴族にも見える佇まいだが、その裏には心拍数も上げず人を殺め、ディナーの一品にしてしまう狂気が潜んでいる。そのアンバランスさが違和感なく共存してしまう、圧倒的カリスマ性。まさに、悪役の絶対王者である。アンソニー・ホプキンスのビジュアルと演技力が影響していることは間違いないが、キャラクター造形がそもそも素晴らしい。

しかし、本作がアカデミー賞を獲得しただけでなく、これほど多くの人を長期に渡って魅了し続けるのは、レクター博士単体の力ではない。クラリスの人物像が共感と応援の気持ちを誘う点もあるし、知的なやり取りに刺激される好奇心や、先の気になるストーリー展開で絶えず面白さが続く部分も大きい。映画としても、主要人物たちは実力派俳優陣で固められ、脚本・美術・音響など全体的に隙のない仕上がりになっているのは、素人目にも明らかだ。本作を初めて見たのはもうだいぶ昔だが、今になっても時折視聴しては、世界観にどっぷり浸りたくなる。

ちなみに、原作小説では展開やキャラクター性に違いがあり、新鮮に感じる部分も多い。映画と区別をして読む方が面白いだろう。

後日譚・前日譚という流れでの続編2作のレビューはこちら☟

基本情報

【公開年】1991年
【監督】ジョナサン・デミ
【キャスト】ジョディ・フォスター、アンソニー・ホプキンス、スコット・グレン、テッド・レヴィン、アンソニー・ヒールド、ブルック・スミス、ダイアン・ベイカー
【登場人物】クラリス・スターリング(FBI訓練生)、ハンニバル・レクター(精神科医/連続殺人犯)、ジャック・クロフォード(FBI主任捜査官)、バッファロー・ビル、フレデリック・チルトン(医師)、キャサリン・マーティン(マーティン議員の娘)、ルース・マーティン(上院議員)
ポストクレジットなし

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